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2018.08.20

【全文掲載】老舗コーヒー豆屋・宮嶋克雄の「バールで立ち話」③

osakanaおさかな

仙台市青葉区国分町にある『コーヒービーンズストア ろじーな』のマスター・宮嶋克雄さん。長年、仙台・宮城のコーヒー文化に真面目にマメに向き合ってきた彼だからこその痛快?辛口?な連載です。本誌連載よりちょっぴり遅れてWebにて全文掲載いたします。タイムリーに読みたい方は「せんだいタウン情報S-style」をチェックしよう!

第3回「カフェ誕生!」

日本茶は、コーヒーと同じ平安時代の頃に記録されています。最澄というお坊さんが唐から種を持ち帰り、比叡山のすそ野に植えたのが始まりだそうです。また、〝僧侶が最初に飲んだ〟という点も日本茶とコーヒーは似ています。ただ違うのは、日本茶は偉い人たちが口にできる飲み物だったのに比べ、コーヒーは大衆の生活の中で広く飲まれたこと。そのきっかけが、カフェ誕生にあります。また、メッカ巡礼を終えた巡礼者の目的の一つに、「ザムザムの泉の水を飲むこと」があります。この水は聖水と同じような意味があり、お土産に持ち帰りたいのですが、当時はダメだった。今は巡礼者が持ち帰ることは許されています。このザムザムの泉の聖水と同じ効用を持つと言われていたのがコーヒーだったのです。清貧行に励む偉い僧侶たちが、苦行のために飲んでいたコーヒー(眠気、食欲を抑える目的)を、〝黒いザムザムの水〟と呼ばれていました。聖水がダメならこの黒いザムザムの水をお土産に、というわけです。つまり、コーヒーの材料の生豆がお土産だったのですね。生豆から黒いザムザムの水、コーヒーを作る実演販売をしたのが、コーヒーハウス(コーヒーの家)で、カフェの始まり。最初は屋台のようなもので、こんなに簡単に、煎って、砕いて、淹れることができるよ! 生豆を買っておくれ! それじゃ、生豆を土産にするか! これがイスラム圏の生活で広く飲まれるようになった理由です。飲まれ始めると、人を歓迎する意味を持ち、お客が来たら生豆を煎って、砕いて、淹れて、振る舞ったのです。そして、お客に最高の敬意を払うこととして習慣になりました。煎りたてはウマい、というわけですね。このおもてなしは、王様でも貧民であっても変わらないというのが良いじゃありませんか。カフェでコーヒーが提供されているのは、この身分を問わないおもてなしの象徴だからです。イスラム圏では、アルコールは禁じられています。しかし、どこでも裏稼業があるもので、酒場があるわけです。この裏稼業の皆さんがコーヒーに目を付けた。裏稼業が昼間の表稼業に進出したのです。それがカフェ誕生! カーヴェハーネ、つまりコーヒーハウスが最初のカフェの姿です。ハーネは居酒屋の意味です。コーヒーによって、今までになかった昼間の新しい社交場ができたのです。昼間、誰でも自由に出入りできて、好き勝手な時間を過ごす。その自由な社交の場の証として、アルコールではなくコーヒーが必要だった。これがカフェでコーヒーが出されるもう一つの理由。中には、絢爛豪華なコーヒーハウス(カフェ)もできたようです。それを見たヨーロッパの貿易商や商人たちは「こりゃ儲かるわ!」と興味津々。それ以前のヨーロッパは酔っ払い文化で、飲み物はアルコールと水以外になかったのです。コーヒーが伝わることで、朝からアルコールを飲んで酔っ払うこともなくなり覚醒! しかしこれが大事件に…。その辺はまた別の機会に。

著書『バールで立ち話 COFFEE LIFEはトップノートで』が金港堂・ほか仙台市内書店にて発売中

コーヒービーンズストア ろじーな

営業情報:※月1回焙煎教室、月2回コーヒー教室開催(1,300円・書籍付)

HP:http://www.c-beans-store.net

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osakana
おさかな

仙台在住13年、編集長3年目。好きな食べ物はスーラータンメン、あんず梅、長芋の千切り。好きな飲み物は生レモンサワー、そば湯。好きな温泉地は須川高原温泉(岩手)。自称「おでかけ好きのペーパードライバー」。