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2020.10.12

酸辣湯麺の名店『夜来香(イエライシヤン)』を振り返る

osakanaおさかな

S-style11月号(10月23日発売)は「宮城・山形の新そば」特集ということで、そばの原稿チェックが続いています。

そんな中でふと思った。
—イエライのスーラーが食べたい。

今夜の日刊Webでは、惜しまれつつも2015年春に閉店したスーラータンメンの名店『夜来香(イェライシャン)』(青葉区五橋)のマスターにお話を聞き、さらに夜来香の味を引き継いだ弟子へのインタビュー記事を公開します。

※写真・インタビューはS-style2017年9月号掲載の内容です

師弟を辿る、麺紀行の始まり

S-style編集部( 株式会社プレスアート)のオフィス近くに、『夜来香(イェライシャン)』という中国料理店があった。交通量が多い愛宕上杉通沿いの荒町交差点近く。通称イエライ。ご存じの方も多いだろう。知らなかった人は本当に残念…、イエライはスーラータンメンの名店なのです!

私が初めて、この店のスーラーと出会ったのは、今から12年前。編集部で学生アルバイトをし始めた頃、先輩に連れられて初めてのお昼がイエライだった。その時のスーラータンメンの味は衝撃的だった(ちなみに辛さB)。

まず一口目で、スープに浮かぶラー油と胡椒にむせる。辛味がのどに張り付いて、せきが止まらない。少し落ち着いて二口目。目が覚めるような酸味と辛味、流し込むたびに胃が熱い。初めての感想は「うまい」ではなく、「なんじゃこりゃー!?」だった。その後は、「肉うま煮そば」(これもイエライの麺メニュー)に癒しを求めて浮気をしていた私であるが、締切目前のある日。突然、イエライのスーラータンメンを身体が欲した。疲れていて酸味を欲したのか、己に気合いを入れたかったのかは定かでないが、その日を境に約10年。スーラータンメンの辛さCから抜け出せない、私の週1イエライライフが始まったのである。

そんな愛するイエライが、唯一無二のスーラーが消えてしまうと知ったのは、2015年春のことだった。店に貼り出された紙には『誠に残念ではございますが、5月30日をもちまして閉店させていただくことになりました。お客様には、31年の永きに渡り、格別のご愛顧を頂き、心より感謝申し上げます』。

閉店の噂を聞きつけた県内外のお客が最終日まで、長蛇の列を作った。それから約1年後、『夜来香』の弟子が、秋田に『麺や二代目夜来香』をオープンしたと風の噂で聞いた。

いざ秋田へ

仙台から男鹿方面に車を走らせ、約3時間。秋田北インターから車で約15分。日本海近くのバイパス沿いに、『麺や二代目 夜来香』はあった。

店主として厨房に立つ佐藤 尭たかしさんは、確かにあの、ブルーのエプロンを着けて働いていた彼だった。「地元秋田で店を始めようと2016年の7月15日にオープンして、ようやく1年(取材時)。この辺の人は、“スーラータンメン”という食べ物自体に馴染みがなかったので、初めは不安もありましたが、オープンしてみると皆さんこの味に衝撃を受けて、そしてハマっていきますね」。

メニューは小辛・中辛・大辛の3種類。『A・B・C・ウルトラC・スーパー・エンドレス』表記ではないので、初代イエライ中毒の方はくれぐれもご注意いただきたい。

「(初代の)親方とはオープンしてからは会えていなくて、電話やメールでのやりとりです。働いていた頃は本当に厳しくて、巻きが汚いと春巻きをその場で捨てられたこともあるし。でも親方の仕事はいつも早くて、丁寧で、そして正確でした。料理人として本当に尊敬しています」と佐藤さん。

初代店主から受け継いだものとして、彼が1冊のレシピノートを見せてくれた。ノートには、使う材料から分量まで細かく書かれている。

「すべて親方から教えてもらったメニューです。『料理は盗んで覚えろ』という人もいますが、自分が働き始めた当初から、親方は包み隠さず全てを教えてくれました」。もちろん、スーラータンメンのレシピも記してある。「スープや醤はすべて親方と同じ作り方です。でも麺は少し太めのストレートで、自家製麺なんです。早く親方にも食べてもらいたいんですが、楽しみなような、恐いような(笑)」。

夜来香時代のスーラータンメンのほか、佐藤さん考案の味噌スーラータンメン、スーラーまぜそば、汁なし担々麺、鶏中華そばも並ぶ。「親方から習ったスーラー以外はすべてオリジナルです。秋田の人は味噌が好きなので味噌スーラーも作ってみました。辛味や酸味がまろやかになってこれも好評なんですよ」。

あえて“麺や”にこだわるのにも彼なりの理由があった。「中華料理店としてご飯ものや単品料理も出すとなると、仕込みに今以上の時間がかかります。中途半端なものを提供したくないので、今は麺メニューのみ。『夜来香』の名前がある以上、やっぱり納得したものしか出したくないですね」。

名店の名を背負った佐藤さんを家族総出で支えている。「店の題字はじいちゃんが書いてくれました。ばあちゃんは畑でトウガラシの栽培を始めてくれて、奥さんと母親はお店を手伝ってくれています。地元の友だちもお店によく来てくれていて、本当にたくさんの人に支えられています」。

『麺や二代目 夜来香』の麺は自家製。太スト レート麺に辛味と酸味が絡みつく

初代のレシピをすべて書きとめたレシピノー ト。名店の歴史が詰まった大切なものだ

仙台に戻り、マスターに会った

秋田から仙台へ戻った3日後、初代店主・髙橋悦郎さんにお会いできた。8月中には秋田に行く予定だという髙橋さんに、僭越ながら弟子・佐藤さんから預かったメッセージをお伝えした。

『親方には仕事はもちろん、料理人としての生き方も学びました。今の自分があるのは親方のおかげです。本当にありがとうございます』。

秋田で撮影した佐藤さんの写真を見ながら、「うれしいね。一緒に働いた期間が短かったから、全て教えきれたのか心配だったんだけど、佐藤くんは立派によくやってるみたいだね」と微笑む。

引退理由については「もう歳だからね、足腰や目なんかにいろいろきていてね。お客さんに迷惑かけないうちに、惜しまれながら引退する方がいいと思ったんだ」と話す。現在は、ジムでトレーニングをしたり、山登りをしたりと、現役中よりお元気そうだ。

「閉店の告知をして、ずいぶんたくさんの常連さんが来てくれてね。横須賀から20年ぶりに来たって人もいたり。東北学院大卒の歴代アルバイトや職員のみんながさよなら会をやってくれたりね」。近所の常連客のほか、コアなファンも多かったという。

「うちのスーラー焼そばが大好きな男性がいてね。どうしても作り方を知りたいっていうから、彼の奥さんを店に呼んで教えたことがあったね。あれは熱狂的だったね」と笑う。店にとっても、お客にとっても31年間の思い出は深くて濃い。

「私が店を始めた時は暗中模索でね。いろいろとオリジナルを考えて、スーラーは3年目で始めたんですよ。当時は激辛ブームだったけれど、ただ辛いだけではダメなんだね。辛さが上がるごとに辛味醤を倍にするのは簡単。でもその分塩分濃度も上がってしまって、身体によくないんだよね。おいしさは変わらず、辛さだけを上げていくのが大事。だからうちのスーラーは、辛党のお客さんの要望に合わせて“エンドレス”まで作ることが出来たんだよ」。

インタビューの締めくくりには「日本中華を発展させるためには、レシピや技術を出し惜しみしてもしょうがない。すべてをオープンにして若手に教える、その間自分は別な勉強をすればいい。料理は常に進化するものだから、バトンを繋いでいかないとね。私のバトンの一つは秋田に渡ったみたいだけどね」とうれしそうだ。

偶然にも9月号発売日(2017年)である8月25日は、髙橋さんの誕生日だという。師弟の対談は叶わなかったが、二人を繋げたこの誌面がささやかなプレゼントになればいいなと思う。

※写真・インタビューはS-style2017年9月号掲載の内容です

【編集長連載】
仙台から福島・土湯温泉へ行ってきたハナシ【こちら】

osakana
おさかな

仙台在住14年、編集長4年目。休日の過ごし方は「温泉巡り」or「家でビール」。好きな温泉地は須川高原温泉(岩手)、野地温泉(福島)、鳴子温泉(宮城)。最近は調理家電にハマっており、働く女性の強い味方「ヘルシオ ホットクック 」と、魚も焼けて燻製もできる「けむらん亭」をゲット。